のっちゃんの攻城手記−姫路城


第十二回目は「姫路城」を紹介します。

姫路城は天守閣、石垣、堀・・・全てが大きくて、そして美しいです。
街中から見える姫路城は迫力充分でついつい見とれてしまいます。
お城に興味のない方でも観光として充分見応えが有ります。
もちろんお城好きの方には大いにお勧めです。
富山からはちょっと遠いですが、交通の便も良い所にあるのお城なので一度訪れてみてはいかがでしょうか?
お城は市街地の中心地にあり、きちんと整備されていますので、特別な準備は何も必要ありません。
ただ観光客が非常に多いため、ゆっくりお城を堪能したい方は訪問の時期をずらした方が良いでしょう。
管理事務所では、観光案内ガイドさんをお願いすることが出来ます。
とにかく見所が一杯でレポートも長くなってしまいましたが、どうぞおつきあいくださませ。

【姫路城紹介】
姫路城は以前にご紹介した彦根城と共に国宝四城の一つに数えられる城です。
1993年にはユネスコの世界文化遺産にも登録されました。
築城は1333年、当時播磨の国の守護大名赤松則村と伝えられています。
(築城は16世紀中頃、黒田重隆と言う説もあります。)
1580年(天正8年)に羽柴秀吉が織田信長に中国地方の攻略を命じられて 姫路城を拠点に活動を始めます。この際に3層の天守閣を建設したとされています。
関ヶ原の戦いのあと、池田輝政が52万石で姫路城に入城し、翌年(1601年)より 9年の歳月を掛けて姫路城の大改修を行います。
この時に現在の5層6階の天守閣が築かれたとされています。
その後、本田忠政が城主の時(1618年)に、千姫(徳川秀忠の長女)のために西の丸を整備して 姫路城はほぼ現在の姿になります。
姫路城はその後の明治維新、第二次世界大戦においても戦災を逃れ、大きな災害にも遭わなかったため 建物の多くが築城当時のまま残されている貴重なお城です。

【攻城手記】
念願だった姫路城に行ってきました。
富山からは片道約450�q、約5時間の運転でした。
ちょうど桜の季節と重なり良い写真が撮れるかなぁと期待しながらの道中です。

姫路の街中に入ると遠目に姫路城を見ることが出来ますがその迫力と美しさに まず感激です。
姫路城の大手前にある有料駐車場が便利なのでそこを目指します。
まだ開門前にもかかわらず、駐車場はこの混みようです。
姫路城人気の高さが伺えますね。

写真:01.駐車場の様子


9時の大手門開門に合わせて駐車場を出発します。
大手門前にはおみやげ屋さんが並んでますが、 ここはぐっと堪えて先に進みます。 (帰りのお楽しみ^^。)

写真:02.大手前のおみやげ屋さん


内堀に掛かる橋を渡って大手門をくぐると三ノ丸の広場に出ます。
この三の丸広場・・・・かなり広いです。
良くテレビに出てくる姫路城のアングルですね。
ここから望む天守閣はどっしりと風格があって見ごたえがあります。
三の丸広場を横断して奥に進むと菱の門前にある管理事務所に行けます。
(実はこの写真を撮る際、すでに周りには人だかりが出来ています。 写真を撮るにも順番待ちの状態です^^。)

写真:03.大手前から天守閣を望む


写真:04.姫路城全体図


管理事務所で入場料(入城料?)(大人600円)を払い、いよいよ菱の門をくぐります。 (毎年4月6日は「しろの日」だとかで無料で登城できるらしいですけど。)
この門も歴史ドラマなどで良く登城するおなじみのアングルです。
二の丸の入口を守る門で、城内で一番大きく立派な門だそうです。
「両柱の上の冠木に木彫りの菱の紋のあることから名付けられた。」 と教えてくれたのは別のパーティのガイドさん。

写真:05.菱の門


菱の門をくぐるとすぐ三国壕があります。
いや〜っ。お濠越しの天守閣は絵になりますね〜。
姫路城の撮影スポットの一つです。 (写真を撮りながら既に舞い上がっています。)

写真:06.三国壕からの天守閣


*** 小ネタの紹介(その1) ***
内堀のなかにさらにお濠があるのも珍しいです。
さして大きくもなく深くもないお濠ですが、 このお濠はお城の防衛上、非常に重要な役割を果たしています。
菱の門からこの攻めてきた敵は、このお濠に阻まれて直接二ノ丸を攻めることが出来ず、 左右2手に分れざるをえなくなるんですね。
こんなちょっとした築城の際の知恵を知っているとお城訪問が一層楽しくなると思います。

この先は西の丸へ進んで百間廊下へ進みます。
西の丸から見た天守閣です。
どの角度から見てもほんと絵になりますね。 (私のPCの壁紙がこの写真なのはナイショ。)

写真:07.西の丸から見た天守閣


*** 小ネタの紹介(その2) ***
西の丸は本多忠政が嫡男・忠刻の正室として千姫を迎えるために築いたのものです。
(千姫は2代将軍徳川秀忠の長女で7歳で豊臣秀頼に嫁いだのですが、大阪城落城の際に救い出されたんですね。)
そして、百間廊下は千姫に仕えた侍女たちが住んでいたところといわれ、多数の小部屋で仕切られています。
残念ながら、西の丸の建物は現存していませんが、百間廊下を見学することができます。
この百間廊下には頑丈な塗籠めの窓、石落とし、大扉などと行った防御設備が残ります。

写真:08.千姫


西の丸を後にして先に進むと、いよいよお城の中核とも言える二ノ丸に入ります。
二の丸の入り口には、「はの門」が構えています。
この門いかにも重厚な感じがします。
また、門を入るとすぐ石段になっており非常に防御に優れています。

この門の基礎石には灯籠が使われています。
築城の際に石が不足したため灯籠まで転用されたようです。

写真:09.はの門



写真:10.はの門基礎


「はの門」からはさらに上の「ほの門」を目指します。
この間にはいくつかの門と九十九折の通路がありますが、 地形をうまく利用した防御の高い作りになっています。
見ごたえのある場所です。

写真は、「ほの門」とその内側右手にある油壁です。

写真:11.油壁


*** 小ネタの紹介(その3) ***
この壁は秀吉が築城した際の壁で、古い時代の姫路城の名残だそうです。
姫路城の壁のほとんどは白色の漆喰で塗り固められ美しい景観となっていますが、 この油壁は粘土と玉砂利で塗り固められており、少し違和感があります。
一説には敵が攻めてきた場合この門を倒して「ほの門」をふさぐために建てられたとも言われています。
実際「ほの門」は非常に狭く作られており、大人は屈まないと通り抜けが難しいです。
ちなみに、ほの門の扉は鉄板が張り巡らされており、鉄砲による攻撃に耐えるためと言われています。

ほの門の内側には、もう一つ見所があります。
本丸の石垣にはめ込まれた姥が石です。
かなり小さく、目立たない場所なので注意していないと見落とします。

写真:12.姥が石


*** 小ネタの紹介(その4) ***
これは、秀吉が姫路城築城時に石垣の石が集まらず苦労していたときに、 貧しい老婆が石臼を寄贈したというものです。
これを知った秀吉は大変喜び、石臼を現在の乾小天守北側の石垣に使いました。
このことが町中の噂になり、これ以降多くの石が集まりその後石垣の工事が順調に完了したという逸話です。
いかにも秀吉らしいエピソードの一つです。

ほの門からは直接本丸を目指しても良いのですが、 今回は見学コースに従って、渡櫓−搦手門を抜けて本丸を目指します。
写真は搦め手(お城の裏口)から渡櫓方面を移しています。
右中段の門(への門)の奥が渡櫓で、油壁や姥が石が有るところです。
右下の通路を進むと、いくつもの門と櫓を経て搦め手門からお城の外に出ることが出来ます。
左下の通路を進むと、これもいくつかの門を潜り本丸に出ることが出来ます。

ここの石垣は修理の際に上半分が新しく積み直されていますが石垣の下の方は 築城当時のままの姿をとどめています。

写真:13.搦め手


備前門を潜るといよいよ本丸(備前丸)に入ります。
ここも姫路城の撮影スポットの一つです。
ここから見る天守閣はちよっとずんぐり体系ですけど・・・。
ここ備前丸は城主の館が有ったようですが、明治15年の火災で消失したとのことです。

写真:14.天守閣


天守閣の入り口である水五門をくぐっていよいよ天守閣の中に攻め込みます。
天守閣の1階には当時の台所や厠も再現されていたり、 姫路城にまつわるいろいろな品も展示されています。
ここでぜひ見て頂きたいのは東西の2本の大柱です。
地階から6階の床下までを全長24.6メートルの柱が貫いています。
400年前の建築技術に脱帽です。

写真:15.大柱


天守閣内部の様子です。
天守閣の頂上目指してひたすら階段を上ります。
どこの天守閣もそうなんだけど、階段の勾配が厳しいです。
しかも天井は低く階段の段差が高いです。
昔の武士は重い甲冑を付けて、腰には長い日本刀を差して、どうやってこの急階段を上り降りしたのでしょうか。
(きっと私みたいにドジで転げ落ちそうになった武士も居たハズ。)

写真:16.内部の様子


苦労しながらもやっと最上階に到着です。
最上階から大手門方面と西の丸を写した写真です。
写真中央に姫路駅が見えますが、当時のお城の外周はこのあたりまで有ったそうです。
いかに大きなお城であったか実感出来ます。
また、三の丸に青いビニールシートが何枚かひかれていますがお花見の場所取りでしょうか(笑)
西の丸の桜もきれいです。

写真:17.天守閣から大手門前


写真:18.天守閣から西の丸


最上階からの眺めを堪能して天守閣を降ります。
見学コースに従っていくと、お菊井戸があります。

写真:19.お菊井戸


*** 小ネタの紹介(その5) ***
備前丸から一段下がった場所にある上山里丸と呼ばれる広場にある「お菊井戸」は、 あの怪談話で有名な「播州皿屋敷」に出てくる井戸だといわれています。
お城の乗っ取りを計画した家老の元へお菊がスパイとして潜入しますが、 正体を見破られ家宝の皿10枚のうち1枚を隠されてしまいます。
家宝の皿を一枚なくした責めを負わされてお菊は殺されて井戸に投げ込まれてしまいます。
それからというもの毎夜、「1枚、2枚…」と皿を数える お菊の悲しげな声が井戸から聞こえるようになったといいます。
というのが、ストーリーなのですが、どうも江戸時代にデフォルメされたお話のようです。
また、昔からお城の抜け道ではないかと言う噂もあって実際に内部の調査もされたそうです。
いろいろ謎につつまれた井戸であることには間違いがありません。

この上山里丸から二の丸に下りる場所には「ぬの門」があります。
この門も「菱の門」に負けず立派で美しい門です。
門の両側には石垣を築いて、その上に櫓が乗っています。
この櫓は床板を外して石を落としたり、槍で突いたりできる仕掛けがあるそうです。
「はの門」と対を成す本丸の守りの要の門です。

写真:20.ぬの門


「ぬの門」をくぐり、二の丸から「三国濠」を経て「菱の門」に戻るルート上に「るの門」があります。
この門は非常に狭く作られており、石垣の間に人一人がやっと通れるほどの大きさです。
「菱の門」からは直接見えない場所に作られており、狭い急な石段が折れ曲がってでできており、 別名「穴門」とも呼ばれています。

写真:21.るの門


「るの門」をくぐると「三国濠」と「菱の門」に戻ります。
これでやっと姫路城をぐるりと一周することができました。

この後はもう帰るだけなのですが、時間があれば姫路城の西側にある「好古園」の見学をお勧めします。
(大手前のお土産屋さんの攻略も忘れずに。(笑))

「好古園」は平成4年4月29日開園した日本庭園です。
残念ながら古さは感じませんが、池や水の流れで結ばれたそれぞれの庭園の中から自分の好みに応じた 庭園を探し出すのは楽しいのではないかと思います。
私が気に入った庭園の写真を2つばかり載せておきます。

写真:22.好古園1



写真:23.好古園2

【まとめ】
「天下の名城」。
この一言に尽きます。
天守閣や白壁がとても美しく見所も多く、季節を変えてもう一度じっくり訪れたいお城です。
日本を代表する文化遺産ですのでずっと大切にしていきたいですね。
姫路の街中にも、土塁や中堀などの遺跡が残っているようなので、街中散策を兼ねて 訪れてみるのもいいかも知れません。

【メモ】


・交通アクセス
所在地: 兵庫県姫路市本町68番地
鉄 道: JR山陽本線姫路駅徒歩15分
車  : 山陽自動車道「山陽姫路東」ICから約15分。
播但連絡道路「花田」ICから約15分。
駐車場: 大手前有料駐車場を利用。

・入  場  料

大人:600円
5歳〜中学生:200円
(姫路城と好古園の共通券がお得です。大人720円)
9時〜17時まで(入場16時00分)
(ただし6月から8月の間は9時から18時まで(入場17時00分))


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Text & Photo by Y.No


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