のっちゃんの攻城手記−岩村城


第15回目は「岩村城」を紹介します。

このコーナーの更新を心待ちにして下さっているコアなフアンの皆様、こんにちは。
いや〜っ。久しく更新をサボってしまい申し訳ありません。
(それにしても、前回かの更新から時間が空きすぎだろ!ってお怒りの声が聞こえてきそうですが・・・。)

岩村城は岐阜県の恵那市岩村町にあり、このお城も2007年に財団法人日本城郭協会が選定した日本100名城の一つに数えられています。
また、日本で一番標高が高いところにある山城(本丸部分の標高は721m)としても知られています。
天守閣などの建物は残っていませんが、山城ならではの巧みな石垣は一見の価値があります。
本丸からすぐの所にある出丸にある無料駐車場まで車であがれますので楽に訪れることが出来ます。
でも他にも藤坂や畳橋などの見所も多いので、できれば麓の岩村歴史資料館から徒歩であがることをお勧めします。
(麓の岩村歴史資料館からでも徒歩で25分程度ですので^^;)
また、お城の麓には古い町並みが残り、城下町の面影を留め観光地となっています。
城攻めのあとで街中散策をするのも楽しいですね。
近くには、恵那峡など観光スポットもたくさんあるので、ドライブのついでに訪れてはいかがでしょうか。
このお城もお勧めの一つです。

【岩村城紹介】
岩村城は別名を霧ヶ城といい、天然の峻険な地形を活用した要害堅固な山城で、海抜721メートルに位置し、 全国の山城の中で最も高地にあり、日本三大山城の一つである。
岩村城の創築は鎌倉幕府初代将軍、源頼朝の重臣加藤景廉が、文治元年(1185)に遠山荘地頭に補せられたものに始まる。
景廉の長男景朝が岩村に移り、加藤の姓を地名の遠山に改め、以後遠山氏が代々居城した。
戦国動乱の時代に入り、武田信玄の臣秋山信友が天正元年(1573)に岩村城を奪取して入城したが、 同三年に織田軍に敗れ、以後城主は川尻鎮吉と森蘭丸、森長一、森忠政の森三代、田丸具忠と二十八年間に目まぐるしく交替した。
慶長五年(1600)関ヶ原合戦後、西軍に属した田丸氏に変わって松平家乗(大給松平家)が城主となった。
江戸時代の城主は松平氏二代、丹羽氏五代のあと大給松平分家の松平氏七代を経て明治維新を迎えた。
城郭は中世城郭を近世城郭へと修築し、本丸、二の丸、出丸、帯曲輪、東曲輪、八幡曲輪等々が設けられ、 丸と曲輪は石塁や自然の断崖をもって区画され、要所に櫓、塀、城門が構えられた。
建物は明治維新により廃城され、後明治六年(1873)に取壊された。

本丸案内板より抜粋。

【攻城手記】
毎度ドライブを兼ねてのお城訪問です。
富山からは片道約250q、約3時間の運転です。
(東海北陸自動車道の全線開通で近くなりましたね。)

まずは、城攻め前に情報収集のため岩村歴史資料館に寄ります。
ここでは岩村城の案合図を忘れずにゲットします。

写真:01.岩村歴史資料館



ここの管理人さんが非常に親切な方で、資料館の駐車場に車を止めさせて欲しいとお願いしたところ 快く応じてくださいました。
富山から来たんですよ〜。とお話すると、本丸までの見所や 岩村城のことを色々非常に熱心に説明して下さいました。
(開館直後のお忙しい時間帯にもかかわらずありがとうございました。)
この歴史資料館前には、太鼓櫓が復元されています。
これは、あの竹下内閣のふるさと創生事業で復元されたのだとか。

写真:02.太鼓櫓


資料館で案内図をもらって、いよいよ城攻め開始です。
資料館の駐車場にも大きな看板が設置されています。
*** メモ ***
この案内図は出丸の売店横に設置されている案内図です。
資料館の駐車場にも案内図がありますが、こちらの出丸の案内図の方が解りやすいのでこちらを掲載しました。
今回車を止めた岩村城歴史資料館は一番右下の枠外になります。
(ここから、本丸まで途中写真を撮りながらゆっくり上がって25分程度でした。)
時間のない方や、徒歩がしんどい方は右側の中段上にある出丸まで車で上がることが出来ます。
写真:03.岩村城案内図


資料館から本丸までは歩いても25分程度とのことなので、迷わず徒歩を選びます。
歴史資料館のすぐ脇にある登城口から登り始めます。
ちなみにここから本丸までは約800mです。

写真:04.登城口


登り初めてすぐに、下田歌子勉学所があります。
これは、明治から昭和にかけて日本の女子教育の先駆者で歌人であった下田歌子という方が、 勉学に勤しんだとされる勉強部屋を復元したものだとか。
勉学所のあたりが、城址公園として手入れの行き届いた芝生で整備されています。

写真:05.下田歌子勉学所


下田歌子勉学所をすぎると、藤坂と呼ばれる石畳の坂に至ります。
ここは、平時の際は単なる坂なのですが、戦いの際には門や柵を作り防衛陣地としたそうです。

ここ岩村城には、案内板が至る所に設けてあり、観光地ならではの気配りが非常にうれしいですね。
案内板に書かれている説明を見ながら、当時のお城を想像するのも楽しいものです。
ここの藤坂なんて案内板が無ければ単なる登り坂ですから(笑)。

写真:06.藤坂


写真:07.藤坂案内図


藤坂の案内図から約300m登ると一の門に到着します。
一の門のすぐ上には土岐門跡があり、このお城の見所の一つである畳橋、大手門と続きます。
ここでは、畳橋跡を是非見て頂きたいと思います。
(このお城の見所の一つですよ〜。)

畳橋は敵が攻めて来たときには橋をとってしまい、これ以上敵を寄せ付けないための工夫で、 写真の奥から手前に掛けて橋が架かっていたと思われます。
畳橋のすぐ上には大手門があり、畳橋と大手門と枡形が一体となってこのお城の最も重要な防御施設を構成しています。
また、ここの石垣は三日月の様に反っており、敵が容易に石垣を登ることが出来ないよう工夫されています。
(さすがにこの辺りまで登ってくると、ちょっと息が切れかけているのはナイショです^^)

写真:08.畳橋


写真:09.武者返し


写真:10.大手門


大手門をくぐるといよいよ3ノ丸です。
この3ノ丸には、今でもいくつもの井戸が残っています。
中でもこの霧ヶ井は、戸は城主専用のもので鎌倉時代から使われているそうです。
この井戸は日照りがつづいても水の涸れない井戸であったらしく、 江戸時代に百日余り続いた日照りにも水は豊富であったと伝えられています。

写真:11.霧ヶ井


霧ヶ井から八幡曲輪、俄坂門を経て3ノ丸を道なりに進むと、 二の丸と本丸と東曲輪の間にある6段に積まれた石垣が現れます。
この6段壁の脇の通路を登り東曲輪に到達すると、本丸に通じる東口門があります。
このあたりの石垣がこのお城の最大の見所で、岩村城を紹介するHPなどには必ず載っている撮影ポイントの一つです。

写真:12.6段石垣


写真:13.東口門


次の写真は東口門を本丸(上から)から眺めた写真です。
門の両側がしっかりとした石垣とクランクで守られていることが良くわかります。
また、当時門が立てられていた場所には基礎に使われた石が残っています。

写真:14.東口門


東口門をすぎると、いよいよ本丸です。
本丸は思ったより広く整然としています。

写真:15.本丸


東口門とちょうど反対側には現在は駐車場として利用されている出丸があり、 本丸から見通すことが出来ます。
出丸には、売店があり、その名も"蘭丸"。
(歴代の城主のうち一番有名なのは森蘭丸だからでしょうね^^)
残念ながら訪れた日は休業でした。

写真:16.出丸


写真:17.売店


この出丸と本丸の間に築かれた2段の石垣もなかなか見事な石垣です。
出丸まで車で来た場合は、この脇を通って本丸に登ります。

写真:18.出丸と本丸の間


出丸(駐車場)から本丸に登るルート上には、これもこの城の見所の一つの埋門が有ります。
この埋門は、敵が攻めてきた場合は、土や石で門を埋めてしまうことを想定して作られています。
注意深い点は、この門は地震の修理や改築などで何度か石垣を組み直しているらしく、 組みなおした年代により、左面と右面と奥面でそれぞれが石垣の組み方が違うことが お分かり頂けると思います。
  • 写真左側は、単に自然の石を積む組み方で一番古い石垣の組み方(戦国時代以前?)です。
  • 写真奥面は、自然の石を積む際に、外側だけ加工して平らにしています。
  • 写真左面は、立方体に切り出した石を平らになるように加工して積み上げる方法で、一番新しい組み方(江戸時代中期)です。

写真:19.埋門


埋門を本丸(上から)から覗いた写真です。
この場所には基礎石の配置から、3つの門が連続して立っていたことが解ります。
門と石垣との絶妙な配置により、攻めにくく守りやすい防御施設を構成しています。

写真:20.埋門を上から

*** おまけ ***
岩村城の麓にある岩村本通り沿いは昔ながらの城下町の面影を残した町並みが続きます。
こういった町並みの散策も楽しいものです。
街中散策の場合は、岩村城の麓にある岩村振興事務所(旧岩村町役場)に車を止めると便利です。
写真:21.街中散策

【まとめ】
天守閣など建物はないが、本丸下の6段に積まれた石垣は圧巻。
埋門や畳橋などの遺構もよく残っており、城を守るための工夫の跡がよく分かります。

【メモ】


・交通アクセス
所在地: 岐阜県恵那市岩村町
鉄 道: 明智鉄道 岩村駅下車 岩村歴史資料館まで徒歩約20分。
車  : 中央自動車道恵那ICから国道257号で約20分。
岩村振興事務所横を左折し、恵那南高校岩村校舎からすぐ。
駐車場: 麓の岩村歴史資料館に無料駐車場があります(約50台程度)
本丸下の出丸に無料駐車場(約20台程度)

・入  場  料

無料

・近くの見所
 
岩村歴史資料館
江戸時代に書かれた岩村城の大きな図面が何枚か展示されています。
一般400円、シルバー(65歳以上)200円、高校生以下無料
9:00〜17:00(4月〜11月)、9:00〜16:00(12月〜3月)

歴史の街並(重要伝統的建造物群保存地区)
岩村町岩村本通り沿いの伝統的建造物群保存地区。

恵那峡
 

農村景観日本一地区
岩村町冨田地区に広がる農村。
「第7回日本のむら景観コンテスト」の集落部門で農林水産大臣賞を受賞。
       


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Text & Photo by Y.No


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