〜006 水橋港 艀場跡〜

Text & Photo by Y.Ohara

 
水橋港 艀場跡

※現地に設置してある案内板より転載

水橋は藩政時代、藩倉や給人蔵があり、舟運によって上流から米が運ばれました。
当時、水橋川の河口は、水橋湊として重要な海運港でした。水橋川とは、常願寺川と白岩川が上流で合流していた頃、河口付近でいわれた名称です。
江戸後期から大正の初めまでは北前船、明治末期から昭和十年頃にかけては汽船で、主に北海道との往来が著しく、米穀や縄筵(なわむしろ)などの移出や魚粕肥料・石材・木材などの移入で港町は賑わっていました。
河口の水深が浅いため、大船の進入は困難で、この場所から沖に停泊中の北前船や、汽船までの荷物の運搬には、艀(はしけ)が利用されました。
艀は木造船で三・四人の人力で櫓を漕ぎ、艀場での荷扱いは若衆や、おかかたちで組織された仲仕組が仕切っていました。
昭和六十三年艀の発着場として賑わっていた跡地に県のご好意で、常夜灯を建立し、先人の業績を偲び伝承することとしました。
(平成十三年十月 富山市教育委員会)


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